自分の故郷はもう故郷でないかもしれない。

GWの喧騒が落ち着いたこの週末、久しぶりに実家に帰る。特に何かをしたいわけではなく緊張感なく過ごしたかったからだ。GW期間をフルで脳みそと体を使い疲れていたということもある。また、自分の実家はいわゆる田舎なので情報デトックスするには最高だった場所なのである。
実家はいわゆる2世帯同居であり兄世帯も同居している。およそ2年前くらいに兄世帯が同居も兼ねて実家を建て替えた。まあそこまでは想定内であったとしよう。しばらくぶりに家に帰ると騒がしい。一つは姪っ子である。5歳くらいになる姪っ子が1階を占領している。まったく悪意はないのだが実家に帰った目的として情報デトックスしたいとか昼寝したいとかの目的を達成するためにはとてもじゃないけど騒がしい。特に衣食住の食の時間に侵食されるととてもじゃないけど我慢できない。自分はごはんをのんびり自分のペースで食べたいんだとかお茶を自分のペースで飲みたいんだとか本来求めていることを妨害されるのが許せない。悪意がないのはわかる、何か言いたいのはわかる。しかし、目的がのんびりしということ以外は他の目的がない。したがってそれ以外は不快でしかないのだ。心が狭いと思われようがコストの対価として求めていることなのである。ということで、徒歩20分かけてコメダ珈琲まで行き一時的な安らぎをつくった。
何回も思うことでオフィシャルな場であれば我慢できる。昔の自分もそうであったように子供が騒がしくなるのはわからんでもない。しかし衣食住の3大原則を侵されたり、本当はもっと重要なことを聞いておきたい時に侵されるのがものすごく腹が立った。自分としては母親の指が曲がっていることが気になったし(へバーデン結節か?)姑には母親を労わってくれとか切に願う。

GWの出来事

土日合わせて10日間が休みとなり世の中が令和祭りに騒いでいた2019年4月から5月にかけてわたくしも1日のみ仕事をして9日休みを過ごしていました。令和になったからということで少し外に出てみようかなと考えて少しだけ世間に出だしました。理由は7年くらい暗い生活をしていくなかで自分がどういう人間であるかが分かったきた。また、少しだけ自分を認めてもいいじゃないかなと無理もなく思えてきたことだと思える。昔からの知り合いに会うのは気心知れた人でも自分は選ぶ。なぜなら過去の話をさんざんされても成果はないからである。過去の経験はリスク回避には役立つが未来を創れることは少ない。と思いながら正直グタグタな時間が苦手なだけである。東京に来て2,3年した頃から気づいてしまったため10人単位の飲み会は行かないと決めている。そもそもそんな会はパーティという場の1時間で十分だと考えている。まあ、久しぶりに会う人たちには近況報告も兼ねて数年ぶりにあえば十分なのだが…数日後の集まりは昔ながらしんどいなと思う。自分は目的のない会合が苦手なのだと思う。多分時間は有限であること、1時間いくらでMAXの価値をプライベートに求める傾向があったためどうも何もしない1時間はひどくつまらない。逆にいろんなことに厳しくなったのかなと思う。自分の成長があるのかどうかわからないが物事の進むスピードは速くなったから成長と思いたい。

GWの間はからだつくりとしてのトレーニング6日とジョギング7日は続けられたのはよかったところですな。しかし、ウインドサーフィンが試乗会の15分だけというのが残念なところである。