どうも自分には合わないタイプが世の中にあるようだ。
まずしばらく向き合っていかないといけない仕事について語りたい。
仕事は他人任せにするべきではない。なぜならいまの仕事はナラティブが重視されており、全体感を理解しないことにはナラティブは書けないからだと思っている。
したがって他人任せにしていると考える情報源を得ることはできないので何もできない気がする。次は目的がない打ち合わせをどうしてし続けるのかである。自分の場合、打ち合わせ目的がはっきりしないと打ち合わせに参加しないと決めている。理由は時間の無駄だからである。どうも日本のは大半の社会は階層と合議が基本なので現代型には合っていないと考えられる。この時間をつかって何が決めたいのか見当がつかない。
合わない性格というものあるようだ。いろいろあるのだが、花火くんはまず嫌いなんだなと思う。あとは、存在がノイズであること。結局は存在がノイズであることに収斂される気がする。存在がのノイズであることをもう少し補足しておきたい。それは自分にとって学びがないと判断できることである気がする。ほかの人は自分にとってある意味先生であると考えている。よくもわるくも先生なのだ。しかし、どういうワケかある一定数の集団に属した場合、自分にとってどうも受け入れ難いタイプが存在してくる。におい、しぐさ、あまり言えないけど容姿であったり。やっぱり合わないということが出てくる。