【日常】ウインドサーフィン復帰

2019年11月30日に右足中足骨を骨折して以来およそ4か月やっとこさウインドサーフィンに復帰した。3月21日風はぼちぼち吹いてる。リハビリということでセイルサイズは6.3㎡で小さめ、ボードサイズは117WIDE。セイル小さめ、ボードは安定感を重視ということは無理せず安定したセイリングを求めたためだ。久しぶりということもありセッティングのカンジが掴みにくい。ダウンどれだけ引くんだっけ?とかアウトどれだけ引くんだっけ?ブームの高さは感覚による微調整が難なのである。一応それぞれ規定値はあるのだが、規定値±αはそれぞれの体格や筋力によるところが大きい。まあ、何となくセッティングをしてるとアウトの引きが甘くてあれ?セイル伸びたかな?とか少し気になったりもした。また骨折の原因にもなったストラップの調整も少しおこない出艇。最初は少しに沖出てキチンジャイブをして帰ってくることを繰り返し。途中ストラップが少し破れているところがあり気になり帰着。私の場合、少しでも気になる場所があると集中力が分散されるのでその場合は無理せずかえることにしている。ストラップ調整をして再度出艇。最初の感覚としてはまずまずかなと思う。体重と筋力増加のためセーリングフォームは安定したんじゃないかなとも思う。少し体重を落として筋力だけ残した場合安定するかなというところがこの1か月程度の課題かな。

ただ、足の炎症が起こしやすいのはたしか。乗った後しばらく足には炎症反応が出るためアイシングとシップをしないと次の日まで影響は出る。しばらくこれは続くなと思う。

何より4か月ぶりに海に出られたことがよいリフレッシュになったのが一番の収穫ですね。

【ドキュメンタリー】さよならテレビ

東海テレビのドキュメンタリー「さよならテレビ」を鑑賞

完全など素人ではなく半分知っている世界。
ぼくは素直に見ることができるのかなと思ってた。

報道の使命って
・事件、事故、政治、災害を伝える
・弱者(困っている人)を助ける
・権力の監視

 現場を伝えようとする姿勢には共感する。けれど編集によってつくりこまれてしまったのは残念。彼らのつくり方って昔と変わらないもではと映像みているのと感じてしまった。いつの間にか視聴率が4位が定位置になっているんだ…あの頃のやっぱ1番東海テレビがどこいった…
 さよならテレビって自分たちを戒めるための題名にしたのではと思う。世の中デジタルトランスフォーメーションとか言われているけどそんなバスワードを使わされているのはメディアであって使い始めてもそんなもん流行りの言葉だろとか言っている間に時代は5Gであると実際のところ彼は旧時代の人間なのではないかと思う。人の基準が年収なりとかであれば確かに彼らはその基準では総じてアッパー階級だと思う。しかし、お金+充実=ポイント換算されてしまえばどうなんだろうか?
 あとほんとうのところ東海テレビの社員って取り上げていない。一人はアナウンサー(社員だけどある意味タレントに近い), もう一人は契約、もう一人は派遣という構成。実は社員に働くとかジャーナリズムとかなどは聞いても何もかえってこないからじゃないかな。そんなこと真剣に考えているメディアマンは少ないのでは…理由はそんなことしなくてもいい生活できるから。これは皮肉ではなく日本のメディアの収益構造はスポンサー依存されているからある意味弱者なのである。たぶん彼らは根本的に考えかたをかえないことには変わらないだろうな。

でもぼくは応援する。いつまでも。

【日常】2019年

本厄

僕にとって人生においてもっとも気をつけないといけない1年だった。思えば何かしら予兆はあったはずだ。

1月ウインドサーフィンではじめて流される(道具トラブルにより)

6月飛行機の日程を間違える。

11月骨折する。

と書き出すと5か月ごとになにかアクシデントが起こっていたのだ。

幸いにも命はあるので今のところこれで済んだんだな。(12/31 18:30現在)
上記以外は大きなトラブルなく、そりゃそうだ。今年1年は辛抱している、それでいいのかなとも考える。

仕事はどうなんだろう、、、いろいろ手をつけてみたものの中途半端な状況に近いのかなと思う。Better Outputをモットーとしているのでなかなか表にだせるOutputが出せずもんもんとした1年だった。新しい事業にも挑戦するがいったん畳む。文化の違い、スピード感とか結構難しいことだったりする。

でも実感としてあるのはどこで買うかより誰から買うか?のスイッチングがよりより進んでいることかなと思う。日本ではフラッシュマーケティングは浸透はしていないが海外市場ではFacebookやLIVE配信アプリによるフラッシュマーケティングが盛ん。そこで注文を稼ぎ後から仕入れて裁くという流れが主なのかもしれない。

2020年はもっとトライアルしていきたい。

【日常】ギプスをする

土曜日は再診日。雨に少し外出を躊躇したが朝8時半頃に家を出て整形外科に向かう。再診。シーネ(いわゆるあてぎと包帯)で固定していた右足がギプス固定に変わった。施術時間およそ10分程度である。シーネよりも固く固定されているため、動きづらい。骨折の治療は患部を固定し動かさないことが基本なので仕方がない。しかし、僕が再診を受けるタイミングはいつも雨が降る。まあ、少しずつではあるが治癒に向かっていることを願う。

骨折すると足以外は健康であるのでかなり時間を持てあますのは事実である。座っていると重力に従い、足先がうっ血して浮腫むため心臓より高い位置に右足を置いておくことで血行をよくさせておくことが望ましいらしい。とすると寝ているのが楽なので横にしていると眠くなる。昼寝する。という悪循環に陥る。

しかし、何か行動するにしてもエネルギーを使う。何かしてなければ太る一方である。そこで思い出したのがインナーマッスルを鍛えておこう。と、そんな本買ったんだけっけ?っと思い出し再開。

という、とりとめのない日々が続いています。

【日常】骨折して数日が経過

今日は木曜日、第3中足骨を骨折して丸5日が経過した。
木曜日のいま、痛みは低減し松葉杖をつきながらもゆっくりとした歩行は可能。
しかし、不自由なことには変わりない。

考えながらも骨折による不便なことをいくつかあげてみようと思う。まず早く歩けない。自分は行動は早く歩くタイプなのでこれはつらい。両手が不自由である。松葉杖を両手で使うため手が不自由なのである。電車、バスのピッ!っていうICカードですらメンドイ。さらにいうと、階段の上り下りが不自由すぎる。さらにはシャワーの時の動作。まだ右足はシーネで固定されており、シャワーを浴びると普通に包帯が濡れる。などなど言い出すときりがない。すべては自業自得だろと言われてしまえばその通りなのだがとりあえず不便なのだ。

ピンチはピンチでそれをチャンスなどよくフレーズだが、ピンチの人間にそんなこと言ってもはっきり言って通用しない。しかしライフスポーツを取り上げられたことによるショックは大きい。そうは言っても人間生きている時間に限りがあるので人生の休暇だと思うことが前向きになる一歩だと思う。生きている時間に限りがあるという言葉自体がもうネガ入っているのだが。

何をするにも、エネルギーがいるので動く前にシミュレーションをするようになった。いまこの動きをすると次にここにいきさらにはこれが想定されるというようなビジネスシミュレーションのプライベートヴァージョンである。
また時差通勤をいまさらながら始めた。時差通勤とはカッコいいプロジェクトの名前では時差Bizと言われているものである
https://jisa-biz.metro.tokyo.lg.jp/about/index.html
個人のメリットとして
満員電車の回避
通勤でのイライラの解消!
通勤時間の有効活用
空いた電車でメールや新聞のチェック!
プライベートの充実、朝早く出勤して夕方は早く帰宅、遅め出勤なら朝の時間に趣味や家族のコミュニケーションに!
とかいろいろ書いてあるがそもそも田園都市線の朝の通勤時間は地獄なのである。あんなところで電車に乗った時には間違いなくまた足折れるだろう。

したがいまして、朝8時前に会社に到着しゆっくりと新聞、英語をやり16時には会社を出るという時差Bizを火曜日から始めた。

また、この期間中に英語は強化しておこうと思う。あとは機械学習だけはCourseraで基本はつかんでおこうかなと。あ~あとはプラモデルつくりかな…せっかく時間あるので今のうちに組みたてや現在仮組みしているプラモデルを組みなおそうかと考えています。

【日常】足を骨折する。

ピキ!
骨が折れる時の独特な擬音である。

ことの発端は土曜日にさかのぼる
僕のライフスポーツであるウインドサーフィン
「今日は8メートルくらい、ドライスーツも新調したしまあまあいいコンディション」
と、1ラウンド目はまあ若干風強めのいいコンディション
2ラウンド目は風は10m弱じゃないかなと…
アビーム上らし気味で走っている時にフィン抜け板が飛んだ
ストラップから足が抜けなくて着水!

ワイの右足、ピキってヤバい音がする。
ヤバ!って思って足触ったら感覚がなくなっていくのがわかった。
この場合、骨折かヒビの前兆であることは前回の経験(右下腿骨折)で知ってるため、急いで浜バックする。浜バック中もしびれ状態でかなりヤバいなと思い急いで片付けをする。

帰り道、必死に歩くけれどめちゃ痛い。
津久井浜の駅まで遠い。
横浜についてからの京急から東横線まで遠い。
中目黒駅から自転車置き場まで遠い。
しかし、湿布だけは購入せねば…その前に自転車に乗って帰れるのかわからない。そんなこんなで、なんとか家に辿りつく。

とりあえず湿布を貼り、安静にしているが痛み引かなく足の甲が腫れあがっていく。これ骨折しているなと思い日曜日も安静にしていた。さらに困ったことに、右足を床につくと激痛が!
ヤバい!ヤバい!これはヤバい!

どうしようもないので月曜日に整形外科に行くことした。

月曜日、早朝、大雨、僕が外に出たくない障害が次々重なってくる。
けがした本人が厄年でありここぞとばかりに試練を与えてくる。
今年は飛行機の日付間違えたくらいの小さな試練だったんだけどね。
とりあえず、タクシーに何とか乗り病院にたどり着く。
9時診察開始なので9時5分くらいに病院に着くとむちゃくちゃ人がいる。
そっそうか、週初めだから混んでるだ。
あと、むやみにリハビリ来るんだよな。
とか、痛みに耐えつつ診察を待つこと40分くらいでやっと出番がきた。
ケンケンで診察室に入り、レントゲンを撮り結果を聞くとやっぱり骨折してた。
第3中足骨が骨折しているようだ。全治3か月ほど…

こうして、僕の19年ぶりの骨折生活が始まった。

【旅行】ドイツ最終日

 最終日は朝8時30分頃からご飯を食べにふらつく。まあ、現地ローカルカフェで食べたかったため徒歩15分歩いて向かう。途中マイン川を渡りカフェに向かう。渡されたメニューがドイツ語だったためさっぱりわからないがとりあえずサンドイッチを食べる。自分のサンドイッチはサーモンスライスにワサビがアクセントになったサンド。後味でワサビが効いておりきつかったが、味は悪くない。こっちはフランスパンが中心で口の中がパサつく。自分はフランスパンが好きなので苦ではないがゴハンが主な人はさぞかし苦痛であろう。

 最終日どこ行こうかと考えていたところまだ美術館に行っていなかったためStadelschuleに行くことに決めた。収蔵品は多岐に渡り有名なところで行くとモネ、ピカソ、マティス、ドガなどは確認できたかな。もう少し早い時間帯に行けばよかった。昼飯を軽くつまみ空港に向かう。

 Check-inに向かうフランクフルト航空に向かうもCheck INはANAカウンターだとか言いANAカウンターに行くも誰もいない。あれっと思ってもう一度、フランクフルト航空に戻りANAカウンター誰もいないんだって、コードシェア便だからこっちでしょ?と押し問答をして解決。

やれやれだぜ。

ドイツは意外といいやつが多い。理由は同じ敗戦国だから共感できるから?仕事に対して真面目なところが似ているとか、国施策によって迫害をしてしまった2国だから?とかフランスとは違い真面目な国だなと思う。

【旅行】ドイツ2日目~4日目

 1日先に来てしまったためドイツの雰囲気を知ることができたので2日目~4日目までは意外と余裕ができた。しかしこの先ヨーロッパ特有の現象やゲルマン魂を随所で見ることになった。

2日目

 朝5時30分起床。GさんのLINEを確認。どうやら無事についてフランクフルト中央駅に向かっているらしい。クーラーをつけたまま寝てしまったのに加えて、裸族で過ごしてしまったため身体が冷えてる。という調子が悪い状態が続く。とはいえ、動けないことでもないので準備、昨日の危険情報を伝えてる。Gさんと朝7時頃ホテルのロビーで合流し荷物を置いてフランクフルト市内を散策。朝早いのか、街はゴーストタウンのように静かであった。朝食は街のパン屋さんへ行き、クロワッサンとコーヒーを購入しその日の作戦タイムを考える。

しかし散策するにもあたりの商店は軒並みクローズである。
バイオハザードか北斗の券を彷彿させるような街の様子であった。

いろいろ調べていくと、どうやらこの日はイエスキリストの生誕を祝う日で祝日のようである。そういえばヨーロッパは日曜日・祝日はお店は休みだったんだということに気づく。となると、日曜日のデパートも休みかということも気づいた。商習慣が違うことも勉強になりますな。とりあえず散策できそうなポイントは散策し、昼飯を食べ少し休み夜の街へ繰り出して僕の3日目は終了した。こ打ち手こにきて思ったのが自分の主張ははっきりしないと負けるということだろうか。異国の地に来てガツンとやられたなと思った。

3日目

 前日の疲れが少し残っている。この日はケルンに移動。ケルンに着くとフランクフルトとは異なり観光の街っぽく活気づいている。あたりを散策し、愛の橋(チェーンがいっぱいついている橋)を渡り、ケルン大聖堂に辿りつく。マジでかいなとか人多いなとか写真入らないなとか思いつつドイツ料理っぽいモノを食べる。基本ジャガイモばかりなんですけどね。ドイツ料理は最初まずいと思っていたけど結構おいしい。真面目であるとか、職人肌気質がもしかしたら日本人と合ってるかもしれない。ただ、量が多いなと思う。1人前を2人でシェアするのがちょうどよいサイズ。と、いいながら夜の街を徘徊し、ドイツビールを飲んでその日が終わる。

4日目

朝7時頃起床。朝ごはんをのんびり食べる。この日はケルンを出発しウォズベルクに向かう。初日にうまい具合にフランスに行けたから1日空いてしまったので行くところがなかったのが本音。到着して要塞、大聖堂をみてさてもう少しふらふらしようかと思ったら夕立並みの雨が降り途方に暮れる。雨が降る予報などどこにもなかったのにと思いながらさてどうしようかと…これはさっさとフランクフルトに帰って買い物でもしたほうがよいなと思いチケットを予約。

もう少し遅い時間帯に予約していたが、明日はデパートが休み(ヨーロッパは日曜は基本休み)なので、今日中に行くのが吉と思う、後続時間帯のチケットは捨てた!とりあえず都合よさそうなチケットを取って乗車時間まで待つ。

 乗車したところでご婦人が座っていうではないか?そこを退いてとやさしく言うが彼はも同じ席の番号を取っているおっかしいなと思いよく見ると次の日の席を取っていることに気づく。思わず怒鳴り散らしSNSで日本人ドイツでやらかすなどを日本の恥になりそうであった。

気を取り直し30分後のチケットを取り直しフランクフルトに到着。デパートでお土産を購入したところでフランクフルトでも土砂降りにあう。やれやれだぜと思いながら雨に多少濡れながらホテルまで帰る。そこからあまりにも腹が減ったので日本食を食べに行く。無垢というラーメン屋だったかな。かなり人気らしい。言ってみると多少待つようだったがもうめんどくさいのでビールでも頼みながら20分ほど待って席につく。ラーメンとポテサラとビール2本で3,000円くらいだったかな。まあ、意外とおいしかったのでよしとしよう。

【旅行】ドイツ1日目

着いたらそこはスラム街だった…

飛行機ではなかなか寝付つなくて金原ひとみのアタラクシアを一気読みした。

アタラクシアラ : Ataraxia 心が平穏な状態 : a state of serene calmness.

小説の中身は心の平穏な状態を求めて、あちこち人間が心も赴くままに平穏を求めてさまよい続けるアタラクシアラとは離れた物語だった気がする。あちこち動き回った結果、穏やかな状態になってということなのかどうなのか…

さて映画も見ることなく小説をみながらうとうととして5時30分頃にフランクフルト到着。着いた感想…パリよりは落ち着いた雰囲気。仕事のメールもほどほどにしか入っておらずいい感じのスタートであった。フランクフルト中央駅に移動すっか?ということでメトロの切符を購入していざフランクフルト中央駅に到着。ふんふん朝だからホームレスはいるがまあ許容範囲だな。とりあえずホテルに荷物を預けるためホテルに向かおう、GoogleMAPでホテルを検索しホテルに向かうところので本日最初のクエストが始まる。なんか魔物が多いなと…ここピンク街じゃねえか!まわりはヤクでキメてるなこれはと思い若干覚悟しながら通り抜ける。とりあえずホテルまで到着し飛行機間違えたら部屋2日連続で取ってるから部屋変えないでくれは成功して落ち着くことにする。

ハンディ用荷物だけをもって再度フランクフルト中央駅へ。ここで少し落ち着きを戻すためマクドでコーヒーを飲む。2個頼んだつもりないけど2個出てきた。
コーヒーを飲んだら少し落ち着いためストラスブールの情報収集を始める。さっきのことは忘れよう。ここを忘れるかとごとくプラットフォームに足を向けた。

電車はICEと呼ばれる日本でいう新幹線のような類の高速列車に乗りおよそ2時間半を過ごす。特に改札はなく乗り込むカンジで改札に慣れている日本人にとって不安がつきまとう。列車に無事に乗ることができ外国あるあるのみんな適当感、例えば無断で席に座っている輩や金をせびってくる輩)はおよそいなさそうだ。さすがドイツ真面目な国民性はこんなところに生きているのか!

そうこうして途中駅で下車し、パンとコーヒーをぐびぐび補給してエネルギーを充填して目的地ストラスブールに到着。いやーフランス来ちゃったよ!うれしい!と思いながら街を散策するためにスタバで作戦会議。スタバに入ってみたものの、人っ子はカウンターの一人。全然いない!朝10時30分頃だったのでまだまだかなと思うがそうではないようだ。そもそもそんな文化がないかもしれない。フランスっ子はカフェのオープンテラスでメロートークするのか?とか考えた。まあ、人が誰もおらずフリースペースのように使いクーラー効きすぎで寒いけど落ち着くにはいい時間でした。ストラスブール大聖堂、プティフランスなどなど街を散策しててとても楽しかった。

ある程度飽きたので合間合間でPC動かしつつ、フランクフルトへ移動しチェックイン。とりあえず腹減ったので早速(もう)日本食が恋しくなった。日本でほとんど食べていないがラーメンが恋しくなり検索。どうやら歩いて15分ほどのところにラーメン屋があるようだ。しかも安全地帯に。これは行くしかないと思い歩いて向かう。20時くらいなんだがまだまだ全然明るい。これはウインドサーフィンの時は最高だなと思いながら今週末の天気をみながらあんまりよくない天気予報に勘が当たってたなとか思いながらGoogleMAPをみながら到着。のぞいてみるとあれ、並んでいる。たかがラーメンだが海外でラーメンは人気なのである。一杯ミニマム1,000円という異常値なのだが人気あるようだ。とりあえず不愛想な店員に聞きWaiting Listに名前を書き20分ほど待つ。店内のGuestsの様子をみるとラーメン屋でワインを飲んだりおつまみ食ったりとダラダラしてる。こりゃ並ぶと思いながら日本のラーメンが食いたいという思いで待つ、待つ、待つ。

ようやく自分の席が確保できてカウンターに座り、地ビール、餃子、ラーメンを速攻で注文。う~んビールがうまい、餃子はまあまあ、ラーメンもまあまあと思った以上にうまかった。ということで位フランクフルト一日目が終了。トラブル続き(単純に自分のミス)なんだけどまあ、良き1日であった。明日からGさんが到着するため初日はそうそうに就寝。